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『八月の里帰り(1)』
2005/09/05 UP

7月の末より4週間弱、新潟の田舎に帰って来ました。子供も既に3回訪れていましたが、まだ小さかったり、冬とか梅雨とか地震の頃を選んで行っていたようなので、どうも心のどこかで期待していたものを子供に提供できていませんでした。はい、今度はオッケーです。8月の飛行機代はダテに高くない。私の期待していた以上ものがありました。むしれる草、投げれる石、入れる川と農業用水路、豊富な土と虫、もいで食べていいプチトマト、遠慮なく走れる道路、そしてそれらにアクセスするのに、ただ玄関を出ればいい、それも二歳児なら素っ裸オッケーという気軽さ。近所の商店なら下着にサンダル&麦わら帽でよし。NYのウナギの寝床よりも家が広いかどうかにもスペースの違いは断然ありますが、それよりも、そういう環境にあると思うだけで、「なんて広さを感じるもんなんだろう」と感動ひとしきり。

じーじー暑そうなアブラぜみの合唱の中、庭に立つとすぐに、ブイーンという無茶な原チャリみたいな音が耳の横を通っていきました。「なんだ今のでかい音は?!」カナブンではないか。こんなに迫力あったっけ。夜はコオロギの合唱、朝は、(時差ボケの朝は早い。)朝は近所の「コ・キ・コ・コーーーー」に始まり、「チュンチュン」「カーカー」を確認してからつっかけで玄関を出ると、まだ涼しいし、空気がきれいで気持ち良かった。

さらに、時々出没し、ちょっかいが出せて楽しい、父母以外のファミリーメンバー達がいました。おじいちゃん、おばあちゃん、おばちゃん達と暮らし、近くにいる大おじさん、大おばさんの家にもちょいちょい顔を出し、車で川を越え、山を上ってさらなる親戚の家々をお盆参りに行き、それぞれで子供たちと遊んでもらっていました。そんなつながりからも「スペースの広がり」を私は感じていたのですが、息子もそんな感じを受けていたかどうか。ただ次第にワイルドになっていきました。

はじめは「6おうち帰る」(6階に住んでいるので彼はそう呼んでいます。)を、飛行機が成田空港に着陸したときから連呼していて、ステイの中頃まで、それは彼のいざという時の決まり文句になっており、伏し目がちで、ややドラマチックにため息をついてもたれかかって言うその様に私は、キャンディーズや桜田淳子が志村けんとやったコントで連呼した、「わたし、実家へ帰らせていただきます」を思い出していました。2週間くらいは私にぴったりくっついて、トイレにも入ってき、枷をつけてるようでしたが、お盆の少し前にダディーが新潟入りすると、「よく来たな、案内するから」とばかりにダディーをあちこち連れまわし、さらに田舎に慣れていったようでした。帰る頃にはおばあちゃんと朝のゴミ出しに出かけたり、おじいちゃんと二人で鍬を手に畑でガリガリやってたりし、親戚中を相手に「お寿司やさんごっこ」もして、NYに帰って一週間経とうという今も、「おじいちゃんおばあちゃんのおうち行きたーい」を日に何度も言います。

通して機嫌が良かったわけではなく、日に2度決まった時間に、酔っ払いみたいになんくせを付けてからんでいました。そんな時間のある日、車中で「タオルがほしい」と言うので、その時持っていたハンドタオルを渡すと、次の瞬間どこからか「ほおーん」という尺八を吹く音がし、2歳の目が伏し目がちになり、「シャキーン」と刃物が鳴るようにそのタオルを床に投げつけるのでした。前日はおばちゃんがバスタオルをくれたので、どうもそのつもりでいたのでしょう、「・・こんなこまっけえのよこしてなにしろっつーんだよ!頭に載せるのかよ!ハナ拭くのかよ!」と言うこれまた志村けんばりのセリフが聞こえてきそうでおかしかったです。ある日は「せんべいが食べたい」と言うので、「じゃあ1枚ね」というと、「2枚」と言ってくる。おばあちゃんが一袋に2枚入ってるのを渡してくれた。「はい、2枚。」すると、またどこからか「ほおーん」「シャキーン」でその袋をぶわしーんと床に叩き付けました。「食べ物になんてことを」「おばあちゃんがせっかくくれたのに」と言うに先んじて、またおかしさが込み上げてきてしまい、叱り付けられませんでした。そしてもうひと袋せしめていましたが、最初の2枚が割れていると言って床を這いながら泣いていました。

ダディーと彼が二人きり、意気投合して行動すると、場所がマンハッタンでも新潟の信濃川流域でも、買い物は必ずするのに加えて、何かもらって帰ることが少なからずあるなど、こちらとしてははらはらして迎えるのですが、ある日、村から町の土産物屋へ3人で行きました。十日町市はあのイタリアのコモ市と、なななんと姉妹都市となっている関係で、ローマ人の作った大浴場を思わせる池兼広場を作っておりました。「イイネーコレ」とダディーは言い、息子は「入りたい」などと言っているのを一笑に付して2階の土産物屋へ。ダディーはわたしに浴衣を買えとしきりにすすめ、値段が5千円と手ごろだったので、さらに帯など見ていると息子がごねはじめて制御できなくなってきました。ダディーが「チョットサンポ」と言って二人で出ていったのですが、なかなか帰ってこない。店員さんと「はて、どこに行きましたかねー」とうしろを向いて、四角い池をぐるりと囲んでいるこの建物の向こう側の廊下に目をやると、視界の下の方に何やら動いている。そこは池ではないか。「・・うああっ!」いた。素っ裸で首まで浸かって大口開けて笑っている我が子と、これまたうれしそうにショートパンツまくりあげてど真ん中でばしゃばしゃやってるウチのおとーさんが。実家でのダディーのお気に入りは、玄関先に置いた子ども用プールに浸かっての日光浴でした。息子はそのプールにアマガエルを入れていっしょに入るのです。

丸一日がかりで帰って寝て次の日からは、まずレストランでの人々の話し声やらエアコンの音やら空気の悪さやらが気になって気になって。しかしこれも時差ぼけといっしょに、少しづつ慣らしていかなければならないのでしょう。こちらの友達にも会って、リズムを取り戻さなければ。そうだ、ひと月近く料理をしなくてよかった幸運に恵まれ、こちらでの料理のリズムを忘れてしまい、文字通り「マズイ」ことになっています。

大口一葉 ふかふかまんじゅうキック
大口一葉 ふかふかまんじゅうキック


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