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『晩冬の3本』
2005/03/05 UP
昨日に続いて、今朝また5階にひとりで住むスーザンがドアを叩いた。
彼女は腰を曲げて杖をついていることもあって、はじめはお年寄りかと思ったが、どうもまだ50歳台のようで、うちのお父さんの放つ冗談でもとくにセクハラ部門で大うけする。時々体のどこかに手術をしていると言い、厚底のめがねをかけて、このビルディングの並びのどこかに立っている。その通り沿い、そのブロックから外へひとりでは出ず、道を渡らないし角も曲がらない。新聞もコーヒーも角を曲がれば2歩めには手に入るのだが、曲がらないので誰かにたのむのだ。

まあともかく、4日ほど前はうちのお父さんに新聞を買ってきてほしいとたのんでいたが、こちらはあいにく大騒ぎしながら外出の支度中だったのでことわり、昨日は彼女が「赤ちゃんを見たい」と言って部屋に入ったのだが、2歳児は走って逃げた。お父さんは「実は僕に会いたくて来るのに決まっている」と言うが、今日は何だろう?

「旦那はいるかい」「仕事に行ったけど、どうしたの」「また電話機が通じない」電話機なら私が行こう。息子は置いていくとパニックになるので靴をはかせて連れていった。猫の「プリンセス」は姿こそ見えなかったが、ころがる抜け毛に存在感があった。ソファーとテレビの間の床の上はコードが、蛸足配線というよりも張りかけのクモの巣のようになってて、コードがちょっと宙に浮いていたりする。直し方は知っている。プラグを一度外して入れ直せばいい。そして必ず彼女は訊ねるのだ。「で、電話の何がおかしかったの。」さて帰るよ、と振り向いて息子の手を取って、バタンとドアを閉める。「バイバイ、スーザン。」息子は顔を上げ、にんまりしている。・・・え、どういう、意味だ?

夜をかけて雪が降り、今朝外へ出てみると珍しく空気に湿り気があるのか、寒くない。トンプキンス・スクエア・パークは美しかった。空気は澄んで風はなく、空はまだ明るい灰色で、天蓋みたいに伸びた木々の枝にぽっちゃりとした白い雪がのっかり、ちらちらと小さい雪が降ってくる。ストリートを歩いていても同じように降っていたけど、そのちらちらが天蓋の高さを実感させてくれるので脳みそに気持ちよく、たった今ここに布団を敷いて眠っていい、などと、普段のトンプキンスでは考え付かないようなことを思った。実際、シャベルで公園の雪かきをしているお姉さんまで感じが良く、これはマジックだと思った。

しかしマジックは1日続かず、夕方の2歳児は不思議な誤解によって泣き始め、泣き始めると雪だるま式に感情が高まって、意固地になって泣いて泣いて泣き叫び、雪だるまが転がりすぎて砕け散って眠ってしまっても私は抱えて歩いた。雪道だと思ってストローラーは持て持って来なかったのだった。ビルの手前でスーザンに「どうした」と聞かれた。3階までぜいぜい言って上ったところで息子が後ろへしなりおった。うおーっ、落とすかと思った。息子も気が付いて泣き出した。1階へ戻ってストローラーに入れて改めて外に出ると、「あんた達なにやってんの」とスーザン。

お茶してるうちに目を覚ました息子を連れて今度こそ帰ると、「だっこ?」「だっこだっこ、だっこ?」眠ってる体よりは抱えやすい。やはりぜいぜい言って6階にたどり着いて「ハアアー!」と息を付くと、私に言わせればかなりのブリッコ顔で胸に手をやり「フー!」とか言っている。「こらちょっと待て!」と突っ込まれてうれしそうに「キャー」と逃げた。フー!にオスカー像一本!親バカ?

息子の添い寝をしていて、いまだそのしつこさを増す息子の「おっぱいピンポーン」の攻防でマジギレしながら、ようやく静かになったころ、自分もすーっと眠りそうになる中で、ぼんやりと「この有り余るエネルギーを毎日いかに消費させられるかだよなー」と頭の中でつぶやいていると、知らぬ間に、にしきのあきらの「空に太陽があるかぎり」を西城秀樹が熱唱している姿を想像していた。さらに、「はまってるなあー」と感心までして、「一球入魂だな。エネルギー消費するだろうなあ。あー、久しぶりにカラオケで自分を見失うほど飛ばしたいなー。」その辺で今夜も思い出すのだ。「・・あー、洗い物しよ。どっこいしょ。」


大口一葉 ふかふかまんじゅうキック

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