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「シェア」といえば、ものを共同で使うようなときに「部屋をシェアする」などと言いますが、子育てコラムに出てくるそれは、間違いなく「おもちゃのシェア」です。その「シェア」、なんだか聞くのも怖いのです。
公園でだれかがおもちゃを持ってくれば、どんなにかつまらなそうなおもちゃでも、自分のものでないそれはオーラを放って見えるのか、欲しがるのは避けられません。いっそ誰も何も持ち込まなければ面倒もないのにと思うのですが、毎日来る公園に変化も付けたいでしょうから仕方ありません。だれかがだれかのおもちゃに手を出して、取り返されたとします。手を出した方が泣いて、おもちゃの持ち主のお母さんが来て、「シェーア」と子供の胸に摺り込むような口調(そんなふうに聞こえる)で言うと、その子がしぶしぶおもちゃを差し出す、といったことが多々あるわけです。
「シェアできなければ友達ができない」というシェアの理由を聞いたことがありますが、どうも解せない。何が解せないんだか自分でもよくわからないのですが。公園に通い出した頃、息子がおもちゃの持ち主となった時、「ちょっと貸してあげようか?」などと言ってみたところ、息子は伏し目がちにおもちゃを差し出してから、こちらに駆け寄ってわーわーと泣くのでした。よくやったとは言ったものの、あれ?これでよかったんかなー、私はこの子のためにああ言ったんだろうか、それとも相手の親子の手前、自分の立場のために言ったんだろうかと、もやもやしたのでした。
親が近くにいすぎることで、子供の子供ゆえに感じるべきもめごとも楽しいことも半減するほど彼らの領域を犯してしまうのは怖いです。 今までに2度、それぞれ違う子供が「シェア!シェア!」と怖い顔で叫びながら息子の持っていたものを要求していたことがありましたが、「やっぱりシェアには何かヘンなことがあるんじゃないか」とそんな時思うのです。しかし一体何なんでしょう。むむむむむー。
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