|
|
『ソドー島民みたいに生きたら。』 |
2004/12/05 UP |
 |
 |
「ケーキー、クッキー、ヒコーキー、クッキー、アカー、アオー、キーロー、アカ、アオ、アカアオアカアオアカアオーーウ!!」機嫌のいい時は好きな言葉を大きな声で元気に言い放っているのですが、見ていても気持ちのいいものです。同じようにやってみたら気持ちがいいかもしれません。「中トロー、エンガワー、ドロドロのなりきりカラオケー、ゴーゴーゴーゴーグオオオオオーッ。」夜思いつく言葉なんて期待するのはやめて、朝にでも再度挑戦するべきでしょう。
何度か「アンパンマン」のビデオを見せた時に、アンパンマンの追いつめられるシーンなどでおいおいと泣かれてから、レンタルを見合わせているのですが、それにつけても敏感なもので、子供向けのチャンネルでも、リスがどんぐりをいっぱいに入れた樽を山の上から誤って転がしてしまい、樽が木にぶつかって割れてどんぐりがばーっと散らばるなんて出ちゃったらもうおしまい。おはなしとしては、それをみんなで知恵をしぼって助けてあげるというスジ救いがあっても、もう何も聞こえず目も閉じて、真っ赤な顔面ナミダハナミズでわなわなしながらこっちへ来ます。私のシャツなどかたつむりを3、4匹放し飼いにした後のような跡がついているわけです。ここのところ「機関車トーマス」と彼の人気を二分しているハムスターが出てくるアニメで「メイジー(日本では「メイシーちゃん」という呼ばれかたをして絵本になってるのを見ました)」というのがあるのですが、そのメイジーと仲間たちが、拾った羽根で何ができるかといろいろやって遊んでいたわけです。「飾りにできる、ほら」とニワトリ。「ペンになる、ほら」とリス。ワニが「うへへ、メイジーここに座って足出して。こちょこちょー」とやりだすと、ハムスターが笑っているにもかかわらず、息子はがくっと頭を下げ、背中を丸め、突然立ち込めた暗い雲の下、首を振ってわななくのでした。いくらそこが笑ってもらえることを想定したシーンだと言っても号泣は止まらないのです。そのくせ「あ、次のおはなしが始まった。」となると、テレビのチャンネルを変えるように気持ちもがらりと変わるのであります。
「機関車トーマス」のキャラクター達は、機関車を始めソドー島の住民全てがおこりっぽくてけんかも多い。それなのにまだ1度も息子が泣いていないのはなんでだろう。彼らが単純で、随分ストレートにものを言うわりに気分転換も早く、物語がたったかたったかと、ある意味、知らない間に、進むせいだろうか。はなしがまだ続いてもよさそうなところで無理に終わりにしているような気がすることもよくあります。どんなに尻切れのようでもあの毎回同じの軽快な幕間は、お笑いのネタの区切りに似て細かいことを忘れさせてくれるのも味があります。いろんな俳優が「語り」をしているのですが、リンゴ・スターのものが家族の気に入りで、胸を張ってていねいな物言いでいけしゃあしゃあと変な要求をし、断り、文句を言い、要求に答える島民や駅員をも小気味のいい調子でやってくれる。彼のイメージの片鱗も手伝って、何度見ても吹き出せます。
息子はまるで違うところでげらげら笑うのですが、大きな子供が公園で1本1ドルで処分していたこのビデオを、私は彼が別の面白味がわかる歳までなるべくとっておきたいと、おもちゃがどんどん増えていく狭いアパートで、天井の隅など見ながら考えるのでした。
|
|
|
|